2010年07月10日
唐草模様
この間ある雑誌のコラムで日本の文様がいかに素晴らしいかという話が書いてありましたが、その中に唐草模様のことを書いていました。
唐草模様のことは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E8%8D%89%E6%A8%A1%E6%A7%98
をご参照ください。
この唐草文様はめでたい吉祥文様として中国から渡ってきたもので、我々も大変多く使う文様の一つです。
しかしなぜこの文様がめでたいのでしょうか。
きっと業者でもよく知らないで使っていることだと思います。
この文様は蔦蔓(つたがずら)文様とも呼ばれていますが、蔦の生命力から子孫繁栄などの意味があるのですが、その解説には、もう少しよくわかるようなことが書いてありました。
蔓(つる)は音ではマンと読みますので、これを万と読み替え、
それが帯のように連なっているので、この帯をタイと読み、代と読み替えます。
つまり万代と読めるのです。
ですから一族の万代の繁栄、長寿延命の意味を持たせているのです。
それゆえこの文様は大変好まれて使い、唐草模様の風呂敷などが各家にありました。
コソ泥がよく唐草模様の風呂敷を担いでいるというのは、空き巣に入った時に、この風呂敷がどの家にもあるので、それをまず探して、それに色々なものを包んで逃げたからだと言われています。
それほどよく昔から使われた縁のある文様であるということです。
もともとはエジプトから来た文様ですが、中国を通ると、それに色々な意味を持たせるところが、多くの思想や漢字という持った国の素晴らしさでしょうか。
しかし日本はそれをまた上回る肉付けをしてきたところですし、本当に先人が作りあげ受け継いできた多くの文様の世界には、素晴らしい日本文化を感じます。
地政学的にアジアの最東端にあり、中国、朝鮮半島、そして南国から多くの文化が渡来し、それを昇華していく日本人のある意味器用さは世界に類を見ないものでしょう。
すべてのものが渡来したのではなく、これも先日何かで読んだのですが、漆はかつては中国の殷の時代の埋蔵品の中にあったので、それが起源ではないかと言われていたのですが、日本の縄文時代の紀元前9000年以上前の遺跡から発見されたらしく、それだと殷の時代よりもはるかに古く、漆を使うという文化が世界で最も古くからあったということになります。
だとすると漆は、もしかしたら日本から伝搬していったのかもしれません。まあこれは興味深い歴史ロマンですが、漆を英語では小文字のjapanと言いますし、日本の文化としては古くから認知されていることは間違いありません。
他国の文化を取り入れ、より洗練されたものへ作り直すだけでなく、日本は多くの独自のモノづくりの文化を生み出してきたということを考えると、この国の未来は、モノづくりを忘れては成り立ちませんし、また先人が成してきたような独創性を問われてます。
個性を養うという名目のもとに、ゆとり教育などというまさに当時の教養無き官僚の愚策がなされましたが、個性の醸成は、見聞をまず広めることから、そしてそれを咀嚼できることという意味では基礎学力を高めておかなくてはなりません。
いわば読み書き算盤をみっちり学習して、同時に実際に物をよく見ることが大事であるということは言うまでもないのです。
本を読んだだけの知識は役に立ちません。
若い頃に自分にどれほど金をかけるかということが、いわば個性づくりとなるでしょう。(受験勉強で金を使ったというのは関係ありませんよ)
そういう意味では今の子供たちは我々に比べてはるかに情操教育がなされているので、感性豊かな魅力ある大人となって育ってほしいと思いますね。
今日はそれにしても暑いですね。これから端唄の師匠が家元となり派を起こすお祝いの会に行ってまいります。
唐草模様のことは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E8%8D%89%E6%A8%A1%E6%A7%98
をご参照ください。
この唐草文様はめでたい吉祥文様として中国から渡ってきたもので、我々も大変多く使う文様の一つです。
しかしなぜこの文様がめでたいのでしょうか。
きっと業者でもよく知らないで使っていることだと思います。
この文様は蔦蔓(つたがずら)文様とも呼ばれていますが、蔦の生命力から子孫繁栄などの意味があるのですが、その解説には、もう少しよくわかるようなことが書いてありました。
蔓(つる)は音ではマンと読みますので、これを万と読み替え、
それが帯のように連なっているので、この帯をタイと読み、代と読み替えます。
つまり万代と読めるのです。
ですから一族の万代の繁栄、長寿延命の意味を持たせているのです。
それゆえこの文様は大変好まれて使い、唐草模様の風呂敷などが各家にありました。
コソ泥がよく唐草模様の風呂敷を担いでいるというのは、空き巣に入った時に、この風呂敷がどの家にもあるので、それをまず探して、それに色々なものを包んで逃げたからだと言われています。
それほどよく昔から使われた縁のある文様であるということです。
もともとはエジプトから来た文様ですが、中国を通ると、それに色々な意味を持たせるところが、多くの思想や漢字という持った国の素晴らしさでしょうか。
しかし日本はそれをまた上回る肉付けをしてきたところですし、本当に先人が作りあげ受け継いできた多くの文様の世界には、素晴らしい日本文化を感じます。
地政学的にアジアの最東端にあり、中国、朝鮮半島、そして南国から多くの文化が渡来し、それを昇華していく日本人のある意味器用さは世界に類を見ないものでしょう。
すべてのものが渡来したのではなく、これも先日何かで読んだのですが、漆はかつては中国の殷の時代の埋蔵品の中にあったので、それが起源ではないかと言われていたのですが、日本の縄文時代の紀元前9000年以上前の遺跡から発見されたらしく、それだと殷の時代よりもはるかに古く、漆を使うという文化が世界で最も古くからあったということになります。
だとすると漆は、もしかしたら日本から伝搬していったのかもしれません。まあこれは興味深い歴史ロマンですが、漆を英語では小文字のjapanと言いますし、日本の文化としては古くから認知されていることは間違いありません。
他国の文化を取り入れ、より洗練されたものへ作り直すだけでなく、日本は多くの独自のモノづくりの文化を生み出してきたということを考えると、この国の未来は、モノづくりを忘れては成り立ちませんし、また先人が成してきたような独創性を問われてます。
個性を養うという名目のもとに、ゆとり教育などというまさに当時の教養無き官僚の愚策がなされましたが、個性の醸成は、見聞をまず広めることから、そしてそれを咀嚼できることという意味では基礎学力を高めておかなくてはなりません。
いわば読み書き算盤をみっちり学習して、同時に実際に物をよく見ることが大事であるということは言うまでもないのです。
本を読んだだけの知識は役に立ちません。
若い頃に自分にどれほど金をかけるかということが、いわば個性づくりとなるでしょう。(受験勉強で金を使ったというのは関係ありませんよ)
そういう意味では今の子供たちは我々に比べてはるかに情操教育がなされているので、感性豊かな魅力ある大人となって育ってほしいと思いますね。
今日はそれにしても暑いですね。これから端唄の師匠が家元となり派を起こすお祝いの会に行ってまいります。
