2010年03月08日

大阪に行ってきました


昨日やや小雨模様の中、久しぶりに大阪に行ってきました。
後輩と夕食をとるためなのですが、ついでに色々見て来ようと思い、ナンバから心斎橋まで歩くことにしました。

京都から大阪に行くには、JR、阪急、京阪があるのですが、梅田には阪急が便利です。

今梅田は阪急デパートが大きな新館を作っていますし、伊勢丹三越の新店も建設中です。

実は今大阪は、デパート戦争が激化しており、この梅田地区、心斎橋ナンバ地区、そして
阿倍野です。

梅田が阪急と伊勢丹三越、大丸松坂屋駅店です。

心斎橋は大丸が元のそごうを買って、北館としてほぼ倍の大きさになりました。

ナンバは高島屋がついこの間2万平方メートル強増床しました。

阿倍野の近鉄は建て替えをして、10万平方メートルという日本最大の店舗面積になります。

その高島屋がどんな店になったか見たかったので、ナンバまで地下鉄で行き、店内をぶらぶら見てみました。増床記念セールで大変な人出です。

しかし結局増床した部分は婦人服とレストラン街という従来からの手法で、なんの新鮮味もありません。

呉服売り場は従来からの狭いままで、ちょうど日本工芸会の紬作家山岸幸一氏の作品展が始まっていましたが、その売り場での展示ですので、あまりにも会場が貧相で可哀そうです。

心斎橋まで歩いてみようと思って、外に出たら、大変な人です。
普段の土曜日よりは相当多いような気がしましたが、実はH&Mの大阪店がオープン初日だったのです。多分そのことが関係していると思います。

戎橋の角に出来たこの店は銀座よりはちょっと狭いような気がしますが、とりあえずすごい人です。心斎橋にはZARAもユニクロもありますし、大阪も流れはファストファッションですね。

心斎橋筋もすごい人でしたが、例のごとくここでも中国語がよく聞こえます。

ほとんど若い人相手の店ばかりで、本当にうるさくてとても私が歩ける街ではありません。
昔は心斎橋筋は老舗が数多く軒を並べており、当然呉服屋も結構ありました。
つまり大人の街でしたが、全く様変わりです。
路面店の呉服屋はただ1軒もありません。

心斎橋大丸の北店はかつてそごうでしたが、大丸が買い取ったものです。下から上まで見て来ましたが、何と連絡通路が無いので、連携ができません。これは最大の欠点です。
まあなんでもかんでも店を入れたというまさに理念なき店舗展開です。

写真は阪急のビル、高島屋、H&Mです。










どのデパートも残念ながら、呉服売り場は昔と違い、売り場面積も小さいし、品揃えも貧弱で、取敢えずあるというような状況です。

上物は店外催事で売ればいいと思っているような気がします。
当然ですが売り手も少なく閑散としています。

私の考えでは、今デパートの呉服売り場を充実させれば、専門店が疲弊しているだけに、相当なチャンスだと思うのです。

かつて阪急は、沿線の高級住宅街のお客様を対象にして高級呉服も充実しており、泰三のものも置いてあったのですが、今や本当にひどい場所にありますし、高級品などただの一点もありません。

なぜこんなことになるのかというと、今のデパートの経営は、単位面積当たりの売上高を増やすことばかりに汲々としており、比較的広い売り場を要しながらも日銭が少なく、集客力に劣る呉服に対して横を向かれるのです。

まあ要するに今のデパートは中途半端なディベロッパーで、どんなテナントを入れるのかばかりを考えていますし、心のゆとりが無く、良いものをゆったりとした雰囲気で売るような空間がほとんどありません。

いずれ呉服売り場も問屋がテナントとして経営することになるのではないでしょうか。

物を知るバイヤーももうほとんどいませんし、いまの流れはもう後戻りはないでしょう。

大阪には泰三のものを普段から置いている店はほとんどないので、大阪に来ることもないのですが、着たいという女性は、東京だけでなく大阪でも確実に増えているはずですし、残念なことだと思います。

小さくても良いですが、上品なものだけを展開できるところがあれば消費者は喜ぶと思うのですがね。

後輩の男女と夕食をともにしましたが、男性は先祖が大阪の堺の納屋衆、女性は法隆寺の普請に関わる大工の棟梁というルーツを持っており、京都、大阪、奈良のプライドもあって、談論風発で大変楽しいひと時でした。

ただあまり遅くまで飲めないのが残念です。


Posted by 銀座泰三  at 23:35 │Comments(0)TrackBack(0)

この記事へのトラックバックURL

http://ginzataizou.aleaders.jp/t5102

上の画像に書かれている文字を入力して下さい